第二十章:なぜ人は過去を美化してしまうのか

MLMを離れてしばらく経った頃。

ふと、あの頃を思い出すことがあった。

不思議なことに、

思い出すのは苦しかった出来事ではない。

仲間と笑った時間。

夢を語り合った夜。

「頑張ろう」と励まし合った瞬間。

そんな記憶ばかりだった。

一瞬だけ思う。

「あの頃も悪くなかったのかもしれない。」

だが、その考えは長くは続かなかった。


記憶は事実ではない

以前の私は、

記憶とは、そのまま保存されるものだと思っていた。

嬉しかったこと。

悲しかったこと。

苦しかったこと。

それらが、そのまま残るのだと。

しかし今は違う。

記憶は保存されるものではなく、

何度も編集されるものなのだと思う。


苦しさは先に薄れていく

時間が経つと、

人は苦しさを忘れる。

これは悪いことではない。

そうしなければ前に進めないからだ。

だが、その一方で、

苦しさだけが薄れ、

楽しかった場面だけが残ることがある。

だから、

「あれほど辛かったはずなのに」

という出来事でさえ、

少しずつ輪郭がぼやけていく。


「もし続けていたら」

時々、考えることがあった。

もし辞めていなかったら。

もしあと一年続けていたら。

もし成功していたら。

もちろん答えは分からない。

だからこそ、

想像はどこまでも都合よく膨らむ。

現実には存在しない未来ほど、

魅力的に見えてしまう。


思い出が間違っているわけではない

誤解してほしくないことがある。

あの頃に楽しかった時間があった。

それは事実だった。

出会えた人もいた。

学んだこともあった。

すべてを否定する必要はない。

だが、

楽しかったことと、

続けるべきだったことは、

同じではない。


人は過去を守ろうとする

振り返ると、

私は過去を美化したかったのではない。

過去の自分を守りたかったのだと思う。

「あの頃の自分は間違っていなかった」

そう思いたかった。

それは誰にでもある感情だ。

自分を否定し続けることは、

とても苦しい。

だから人は、

過去に意味を与えようとする。


過去は消えない

四年という時間が過ぎて思う。

MLMに出会ったことは、

なかったことにはできない。

そして、

する必要もない。

あの経験があったから、

人の言葉を鵜呑みにしなくなった。

焦って決断しなくなった。

「本当に納得できるか」

を考えるようになった。

過去は変えられない。

だが、

過去の意味は変えられる。


回復とは「許すこと」ではない

以前は、

回復とは過去を許すことだと思っていた。

しかし今は少し違う。

許すかどうかではない。

受け入れることでもない。

ただ、

「あの経験は自分の一部だった」

と静かに認められること。

それが、

本当の意味で前へ進むことなのだと思う。


次章への気づき

過去を振り返ることはできる。

意味を見つけることもできる。

だが、

もう一つ難しいことがある。

それは、

「誰かを許すこと」ではなく、

「自分を許すこと」。

なぜ人は、

自分の過去だけは責め続けてしまうのか。

次章では、

“自責”という感情について書く。

▼続きはこちら

第二十一章:なぜ人は自分だけを許せないのか

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