第二十一章:なぜ人は自分だけを許せないのか

MLMを辞めてから、

時間だけは確実に過ぎていった。

生活は元に戻り、

仕事も変わり、

関わる人も変わった。

それでも、

心のどこかに残り続けるものがあった。

それは、

「なぜ、あんな簡単に信じてしまったのだろう。」

という問いだった。

誰かを責めるよりも、

自分を責める時間の方が長かった。

一番厳しい裁判官

今振り返ると、

私を一番責め続けていたのは、

周りの人ではなかった。

過去の自分でもない。

今の自分だった。

「もっと冷静になれたはず。」

「怪しいと思わなかったのか。」

「時間もお金も無駄にした。」

そんな言葉を、

何度も心の中で繰り返していた。

他人には、

「失敗なんて誰にでもある。」

と言えるのに、

自分にだけは言えなかった。

過去は変えられないのに

どれだけ考えても、

過去は変わらない。

それでも人は、

過去をやり直そうとする。

「あの日、断っていれば。」

「あの誘いに乗らなければ。」

「あの言葉を信じなければ。」

頭の中で何度も繰り返す。

けれど、

その答えが見つかる日は来ない。

なぜなら、

今の自分は結果を知っているが、

当時の自分は知らなかったからだ。

あの頃の自分には、あの頃の景色があった

今なら分かることは多い。

違和感もある。

矛盾も見える。

だが、

当時の私は、

その時の情報だけで判断していた。

未来は見えていなかった。

だからこそ、

「なぜ信じたのか」

ではなく、

「なぜ信じられる状況だったのか」

を考えるようになった。

その違いは、

思っていた以上に大きかった。

自分を許すということ

以前は、

自分を許すとは、

失敗を正当化することだと思っていた。

しかし今は違う。

失敗は失敗だった。

失ったお金は戻らない。

過ごした時間も戻らない。

それでも、

「あの時の自分なりに考えていた。」

という事実まで否定する必要はない。

自分を許すとは、

失敗を消すことではない。

失敗した自分も含めて、

一人の自分として認めることなのだと思う。

失敗は終わりではなかった

もし、

あの経験がなければ、

私は今も、

「人の話だから大丈夫。」

と思っていたかもしれない。

決断を急がせる言葉にも、

疑問を持たなかったかもしれない。

そう考えると、

あの経験は決して良い出来事ではなかった。

だが、

意味のない出来事でもなかった。

その違いは、

今なら少しだけ分かる。

次章への気づき

自分を責め続けることは、

過去と向き合う一つの形かもしれない。

しかし、

もう一つ向き合わなければならない相手がいる。

それは、

自分ではなく、

「あの時、自分に影響を与えた人たち」である。

人はなぜ、

誰かの言葉を信じてしまうのか。

次章では、

「信頼」という感情について書いてみたいと思う。

▼続きはこちら

第二十二章:なぜ人は、人の言葉を信じてしまうのか

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